サルでも書ける雑記ブログ(仮)

私の好きなように自由に書いてくブログです。

恐怖の報酬を頂きます。

株式投資の1番のチャンスは、市場全体が大きく下落した時です。
有望な株たちも一緒につられて株価が下落しますから。
だから、そこを狙って買っていくと利益になります。
うまくできたらの話ですけど。

そして、その下げは急激なら急激なほど良いです。
反発もその分大きいものになります。
これが安く買って高く売る。
投資の基本です。

…なんだけど、底なしのように下落し続ける株価を見ていると、
大体の人は恐怖で動けなくなることが多いです。

それが普通の人の心理なんだけど、株で儲けるには全く逆のことをしないといけないわけです。
周りが歓喜している時に売って、周りが恐怖している時に買うという、
人の心の動きと全く逆の行動を取らないといけない。
でないと「安く買って高く売る」にはならないですから。

つまり、暴落時には人々が投げ売りをしているものを買っていく必要がある。
言い換えれば、他人の恐怖を請け負っていくということです。
これは精神的に凄い勇気がいります。
全員がパニックになっている状態で、それに流されないように買い進んでいくことは、
とてつもない恐怖なんですね。(私はあんまり恐いと思わないけど)

株式投資には、こんな言葉があります。

「株の利益は、恐怖の報酬」

恐怖を請け負うから、かわりに報酬を得ることができる。
暴落時に株で利益を得たいなら、恐怖に足を突っ込んでいく必要があるんです。



…でも、やっぱり私、あんまりそれを恐いことだとは思わないです。
別に最初から準備しておけば、恐がる必要もないんじゃないかと思います。

想定外のことが起きた時の方が、よっぽど恐いです。
オバケが出てきたとか、急にトラックが自分の方に突っ込んできたとか、
私はそっちの方がずっと恐いです(笑)

株式投資って、予め全部、自分で準備できるじゃないですか。
「こうなったらこうしよう、こうなったらマズイから、こうしておこう」っていうことが、
全部自由に決められるワケです。
参加するか、しないか。それすらも自分で決めることができる。
こういうことって普段の生活では、あんまり許されないことじゃないですか。
社会的なしがらみですとか、立場上の制限とかも関係なく動けるわけですよ。
日常生活の中では、常にリアルタイムで選択を求められ続けるわけで、
そのすべてが予定通りに行くことって、まあ、まずないですよね。
何かしらの問題って必ず起きますので。

でも投資って、せかされることもなく、人から口うるさく言われることもなく、
一人で判断することができるでしょう。
だから、日常の中で起きる問題と比べたら、こんなやりやすいことはないです。
株式市場で起きることなんて、人生の問題と比べたら、
そんなにパターンはないじゃないですか。
予め考えられる可能性を事前に考えておいたら、それは、もう想定外じゃなくなるわけです。
私にとって株式投資で想定外なのは「日本沈没します」とか「明日、隕石来ます」とか「口座乗っ取られて全部消えました」とか、そういうことです。
そこまではあんまり考えてないので、そうなったら「あぁそれは困った、どうしようかな」ってなると思います。

だから市場全体が暴落しても恐くはないんです。そういうことは予めもう考えてありますので、
普通の相場と大して変わらない。決算日を跨ぐ時の方がよっぽどドキドキします(笑)

だから「株式市場全体が大きく下げた時は、どうすっかな〜」ってことも最初から考えておくんです。
私の場合はの話をしますが、
私なんかは、そういう時に備えて、もともと割安な銘柄、
または、もう少しで割安になる銘柄をいくつもチェックしておきます。かつ、成長性のある銘柄ですね。
そして、株式市場が大きく下げたら、それにつられて更に安くなった、それらの銘柄の底を見ながら買っていきます。
そしたら反発が起きるので、割高になったら売るとか、その企業の成長が続くまで長期で持つとか、銘柄によって予め大体の売り方まで考えておきます。

じゃあ、底を買っていくって、一体、底はどこなんだっていう話になっていくんですけど、
ピタリと底値って分かるもんじゃないので、自分で底値圏を作りあげていきます。
購入金額や時間を分割していくことによって底値圏を形成していくのです。

例えば、この銘柄は上場してから、ずっと株価を下げ続けてた銘柄です。
売上は月次を見ると好調なんですが、
再上場でファンドの売り出し案件と思われていたりだとかで、周りからいろいろ嫌われて株価が下がり続けていたんです。
私は、その様子を数カ月ずっと観察し続けていました。
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下げ続けた結果、もはや市場全体の下落にすら反応がにぶくなってきたので、
底打ちし、反発する様子を見ながら、徐々に買い増していきました。
短期間で含み益が数十パーセントほど増えました。

一方、こちらの銘柄。
この会社も今期絶好調だったんですけど、全体の地合いに引きずられる形で株価が下げ続けていました。
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で、底値では買えなかったのですが、
決算日前に買い仕込んで、決算発表に反応してここも数十パーセントの利益。
何で底値で買えなかったかというと、私がこの会社の存在をうっかり忘れていたからです(笑)
気付いた時には反発した後だったのですが、それでもまだ割安圏内だったので買いました。

今回の暴落を利用して、狙って買っていった銘柄はすべて含み益となりました。
ただ、やはり反応の悪い銘柄も当然ありました。
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この銘柄なんかは、まだ数%程度の反発。業績は良い会社なんですけどね。まあ、これからからだと良いですね。


自分が使えるものを駆使して、コントロールしていけるなら
暴落で買いに向かうことなんて、恐怖でも何でもないです。
株式投資では、急にオバケが出てきたり、トラックが突っ込んできたりなんかしませんから。

私自身は恐怖を請け負ったつもりは全くありませんが、
結果としては、多くの方の恐怖を拾い集めたということになります。

ですので今回は、その対価として、恐怖の報酬を頂戴いたします。

笑顔すげー。

今日、私に笑顔で手を振ってバイバイをしてくれた方が居まして、別にその方とは特別、親しいというワケではなかったのですが、
なぜか知らないけど、その人は、別れ際に、腕を大きく振りながら、私に笑顔をくれたんです。

私、人の笑顔が自分に向けられると、脳の中でブワ〜っと何かが出てくるんです。
それを感覚として自覚できてしまうんです。
たぶん、それはホルモンか何かだと思うんですけど、人の笑顔を傍から見ている時よりも、自分に向けられた時にそれはたくさん出てきます。

今日も「うわ〜、何か出てきたぞ〜」って感じで、頭がブワ〜っとなりました。
笑顔なら何でもっていうワケでもなくて、何の悪意もなく、計算もなく、勝手に溢れちゃった笑顔。あと優しさとか。
どうやら、それが自分に向けられてた時に、脳からブワ〜って溢れてくるみたいです。

そうなると、さっきよりも世界がクッキリ見えるようになります。
視力が上がるとか、そういうことじゃなくて、頭にあったモヤが晴れる感じ。
胸もフワッと軽くなります。
その度に「すげー!笑顔すげー!」と思います。
何なの。いや、ホントに。
ある意味、ファンタジーの世界です。魔法です。
「人の表情が相手の状態に作用する」って、文字に起こしてみたら、これ完全に魔法じゃないですか。

逆に怒りの表情が向けられると、私は「しゅーん…」となります。
で、その場合は、私に向けられていなかったとしても「しゅーん…」ってなったりします。

生存確率を上げるために、相手の表情を読み解くことは、人間にとって必要な能力だったと言われています。
相手が怒ってるのが分からないで近付いてしまうと危険ですからね。
私達は生き残るために、他者の表情を読み解く必要があったのです。
私も怒っている人には、正直近付きたくないです(笑)

人が持つシステムってホントにすごい。よくできてます。
何故、私達はこうなったのか。こうなる必要があったのか。
私には何も分からないけど、なんか凄いっていうことは分かります。
どれだけの膨大な歴史の上に、私達の世界は成り立っているのかを考えた時、その計り知れなさには感動せざる得ない。
すげー、すげー。ホントすごいよ。何なんだ、この世界は。

今年の目標・がんばる(仮)

漢字で「頑張る」って書くと硬い感じするけど、ひらがなで「がんばる」って書くと何か可愛くないですか?
どうでもいい?いや、重要だよ!

頑張るにも、「良い頑張り」と「悪い頑張り」があると思うんです。
「頑張らなきゃ、頑張らなきゃ」って強迫観念のように自分を追い詰めて苦しくなったり、視野が狭くなってしまっている状態は「悪い頑張り」。
これは、ひたすら擦り減り続ける。
私も、たまにこういう状況に陥ってしまうことがあるから気をつけないといけない。
そうなると、どこまで行っても待ってるのは地獄。これには出口がない。出るには、実は入口に戻るしかない。

一方で、「頑張らなきゃ」なんて頭に思い浮かぶことすらなく、自然と夢中になって取り組んでいる、次々にやる気と意欲が湧いてくる。これが「良い頑張り」。
いや、頑張るという言葉自体、合ってないかもしれない。そういう時は頑張っているという自覚はないから。
だからこれは「頑張る」じゃなくて、仮に「がんばる」と呼ぶことにしよう。

理想としては、常にこの「がんばる(仮)」状態に入りたい。自然と気力が沸いて、集中して活動している状態。
この状態だと、己の全てを出し尽くせるから、休む時もぐっすり休める。
回復するから、次の日も自然とがんばれてる。
良い循環。自分の中の色んなサイクルが回り始める。

それじゃあ、このがんばる状態になるには、どうしたら良いのかな?って昔からずっと突き詰めてきたんですけど、
どうやら私の場合は、身体の状態が強く影響を及ぼしてるみたい。

身体がワクワクしている時は、自然とやる気が沸いてがんばれてる。そういう時は毎日楽しい。活動することも休むこともすごく気持ちが良い。幸せ。

でも、身体の状態が苦しくなっている時は、大体「頑張る」の方に傾いてる。
無理やり気力を絞り出してるから、スッキリしない。休んでも休まらない。
頭も行動も言動も硬くなってくる。

でも、そうなるのが分かってるから話は簡単。
だったら身体の状態を良くすれば良い。
身体の中のシステムごと改善してしまえば、勝手に「がんばる」モードに入ってる。
身体は私だから、身体が変わると当然、私も変わる。

でも、去年は「頑張る」にちょっと傾いてた。
だから今年は、がんばる。

運動してスッキリしたり、身体が望む食事をしたり、ぐっすり休んだり、色んなことを感じたり、楽しいことをして、たくさんワクワクする。それと時々、落ち込む。
そして身体を元気な状態にしたら、あとは勝手に私がどうにかしてくれるだろ(無責任)

私がすることは、私が活動できるように土台を作ること。
今年は、その基本に今一度、立ち返ろうと思います。

新しいこともしていこう。何だかワクワクする。

それでは皆さん、今年もよろしくお願いします!
私の好きな人すべてが、どうか全員幸せでありますように!そしたら私もとても幸せ!

とりとめのない雑記。

今日は雑記ブログっぽく書きます。

そもそもこのブログ、雑記ブログだし。

とりとめなく書いていこうと思います。

まあ、いつも、そうだけど(笑)

 

私は、基本的にブログっていうのは、書きたくなったら書けばいいんじゃないかと思っています。

「あ~何か書きたいな」「このことについて書きたい!」「これ、あの人に読んでもらえたら嬉しいな」っていう衝動。

そういうのが沸いてきたら、書いたらいいんじゃないかな。

人が何かをしようとする時の1番の原動力は、衝動、熱意、興味、関心とか、そういったものなんだと思います。

それがあると、人は勝手に進むし、学ぶ。あと何より楽しい。

だいたい何でもそうなんですけど、最初は楽しんでやっていたことも、義務になり始めた途端に、面白くなくなったり、辛くなってしまいます。

やってることは同じだとしても、自分がどう取り組むかで楽しいか楽しくないかが全然変わっちゃうんだから、人間っていかに気分に左右されているかっていう話です。

 

それで、私、色々と書きたいことが、貯まってはいるんです。

今、書きたいなと思ってるのは、言葉が身体や動作に及ぼす影響について。

これは別のブログの方で書こうと思っているんですけど、

どうやって書こうかが、まだあまり、まとまっていないので、書きたいけど書けないような状態です。

だから、とりあえず、このブログでまとまっていないまま書いて、その衝動を消化しようと思います。

 

 

私達は生きていく上で、言葉や記号や色とかを、

経験から「これはこういうものである」という認識をした上で暮らしているわけです。

例えば、図だとか建物を見た時に、私達は「構造上、この部分は影になるはずだから、色は薄暗くならないといけない・こう見えなくてはならない」なんてことを無意識下で処理していたりしています。実際はそうでなかったとしても。
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また、例えば、身近な所で言えば「青色は食べ物のイメージがない」とか「赤は熱い、辛いイメージ」とか、

無意識の内に、「そういうもの」と世界を捉えながら生きている。
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だから、それに合わないことがあったりすると、ちょっと混乱したりする。
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これは色や記号だけでなくて、当然、言葉についてでも同じで、

「この言葉はこの用途に使うもの」っていう認識が私達の中にしっかり出来上がっていて、言葉の意味は、頭の中にちゃんと記憶されてる。

その上で私達は世界を捉えている。

 例えば「嬉しい」「幸せ」「楽しい」という言葉を見れば、私達はそれが何を意味するかを理解できる。同時にそれがどういう感覚かということも想起することができる。

「転んでヒザを擦り剝いて、血が出た」なんて文を読めば、その情景をイメージすることだってできる。

 

その仕組みを活用すれば、身体や動作に影響を与えることもできる。

言葉でイメージを自動的に浮かばせ、そのイメージを身体に反応させる。

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言葉がなくてもイメージはできるが、うまく使えばいろいろと便利。

例えば、人をリラックス状態に誘導させたい時は、

ただ「リラックスしてください」と言うよりも、

「森の中で伸び伸びしている時のような感じで、ゆったり呼吸してみてください」

と具体的なイメージを浮かばせた方が力が抜きやすい。イメージさせることが大事。

「あぁ、あの感じか」とその人の中で自動的に想起されるから。その人の想像力にも依存するけれど。

 

これは他者に対してだけでなく、自分に対しても使える。

例えば、体が凝り固まっている部分があったら、ただ機械的に動かしてほぐそうとするのではなく、言葉でイメージを作って体に反応させればいい。

動きが固く、「もっと滑らかに動きたい」と思ったのなら、「滑らかに」と言って体を動かせばいい。

さきほど説明したように「この言葉はこういう意味を持つ」といった認識が私達の中には形成されているので、その言葉を使うだけでイメージは自動的に想起される。そしてイメージは身体に影響を及ぼす。

何の目的もイメージも持たず、体の凝りを動かして、ほぐしていこうとしても効率が悪い。滑らかに動きたいなら「滑らかに」と言って、その質感を身体に意識付けをさせた方がいい。

言葉を使うことによって、そのイメージがより克明に、かつ自動的に形成される。

実際に声に出した方が良い。

その言葉が聴覚から処理されることで、脳で情報が統合される。

使える情報が増えれば、脳は、より判断しやすくなる。

 

私は身体の疲れを取る時は、言葉の力をよく借りる。

今日は凝り固まったなぁという時は「滑らかに」という言葉を使って、凝りを動かしてほぐす。

その時の気分によっても変える。「しなやかに」「ふんわりと」「ヌルヌル」

自分が今、なりたい状態のイメージに近い言葉を選ぶ。それに沿って動かせば、あとは身体が勝手に反応してくれる。

あえて言葉を遮断して、感覚のみの世界に浸る時もあるけど。

 

言葉でもイメージでも、活用できるものは活用した方が良い。

五感やその他いろいろを使って生きないと、せっかくこの世界に居るのに、もったいない。

 

 

さて、本当にとりとめもなく、ただ書き連ねてしまったけど、雑記ブログだから許される(はず)。

 

それでは、みなさん良いお年を!

リーマンショックを超えた!!→へ~、そうなんだ。

・12月の下げ幅としては戦後最大!世界恐慌クラスの下げ!

→へ~、そりゃすげー。

 

東証一部銘柄の年初来安値の数は、リーマンショック超えを記録!

→ほ~、そうなんだ。

 

日経平均のperがリーマンショック時を下回る異常事態!

→はー、それはすごいねえ。

 

・大統領がツイッターでつぶやいたから株価が下がった!

→もはや関係ない。

 

・日本の市場は、もはや外国人投資家におもちゃにされてる!

→逆に利用しちゃえ。

 

リーマンショックをはるかに超える量の空売りヘッジファンドは玉砕覚悟で決死の空売り

→玉砕してどうすんだ。

 

・NYダウが反発して史上最大の上げ幅!日経平均も今年最大の上げ幅!

→そりゃ反発もすごいでしょう。

 

・底打ちか!?

→後で分かるんじゃない?

 

・今後の景気への影響の規模は!?

→分かるなら世話ない。

 

・底が見えない!

→どこかで底は打つ。

 

アルゴリズム売買のせいで過剰な値動きが生まれてしまっている!

→逆に利用しちゃえ。

 

私は株のことで、考えた所でどうしようもないことは、あんまり難しく考えていません。

頭、良くありませんし、時間とエネルギーが勿体ないからです。

考えていることの根本は「良い銘柄を安く買う」。全てはその1点に集約されていきます。

また、そこから思考を派生させていきます。

安く買うためには、どの情報がいらないのか、

安く買うためには、どの思考を削ぎ落せば良いのか、

安く買うためには、何を繋げて考えていけば良いのか、

安く買うためには、どう行動していけば良いのか。

 

貿易戦争がどういった結末を迎えるのか、どこが株価の底となるのか、大統領はツイッターで何をつぶやくのか(笑)

それらを考えて答えが分かるなら考えればいいと思いますが、そんなこと考えても分かんないでしょう。

 

だから私は、株価がぐーんと上がり過ぎた時は売るし、

株価がガクーンと下がるんだったら、安い所まで待って買うだけです。

失敗した時はやり直す。

安くなったら買う。あとは何にも考えない。

あ~でもない、こ~でもないと、考えても分からないことから考えてしまったら、

頭の中は、こんがらがってしまいます。

 

「安く買う→じゃあ、そのためにはどうしようか」

すごいシンプルな思考の順番。まさに、サルでもできる。

 

でも「考えてもしょうがないことをごちゃごちゃ考える→安く買う」

この順番だと、思考がぶつ切りで繋がっていかないから、全然、私には分からない。

だから、この考え方はやらない。わざわざ自分で難しくしない。分かんないから。

 

私は賢くないし、アンポンタンだから、いつも自分にできることをやるようにしています。

というか、それしかできません。

当たり前ですけど。

 

だから周りが、リーマンショック超え!とか、

昔の世界恐慌並み!とか言ってても、あんまり私には関係ない。

 

だったら、逆にそれを利用して「安く買う」ことを考えます。

だから市場が慌てふためいている時でも、やることはいつもと変わらず、

私の持っているものを使って「安く買う」を行っていくだけです。

 

自分で自分の考えを難しくしてしまったら、何にも分からなくなってしまうから、

おサルさんの私は、サルでもできる方法を取らないといけないのです。

勘。

私は、たまに変なことが頭に思い浮かぶ時があります。
それは勘のようなもので傍から見ると「何だそりゃ」って思われてしまうような事だったりするんですけど、それが実際に当たってしまったりすることがあります。

最近あった話で、こんなことがありました。
はてなブログで人のブログを読んだ時に、はてなスターをつけたりしますよね。私もつけてます。
それでこの間、いつものように好きなブログを読んでポチポチとスター付けて、そのブログを後にしたんですけど、ある時、ふと思っちゃったんですよ。
「ホントに、はてなスターって付いてんのかな?」って。
何でそんなことが思い浮かんだのかは全く分かりません。
だって自分で実際にポチポチとスターをつけているんだから、そんなことを疑う必要ないじゃないですか。
でも思っちゃったんだから仕方ない。
そこで、スターを付けた人のブログに再びアクセスして、自分が付けたスターが本当に付いているか確認してみたんですね。

…そしたら付いてないのです!やっぱり付けたハズのスターが付いてなかった!!

それ以来、付けたスターが本当に付いてんだか付いてないんだかを一度確認するようになりました。
そしたら、他のブログの記事でも付いてなかったりだとか、スターを3つ付けたはずなのに、再び訪れてみたら2つに減ってる!とか、そういった現象が見られました。
私の使っているデバイスに原因があったのか、通信状況の問題なのか、はたまた、はてなブログ自体の問題なのかは今も分かりませんが、「ホントにはてなスター付いてんの?」という私の勘は当たってしまいました。
ですから私の付けたスターは、付いている数がバラバラになっていると思うのですが、特に深い意味はありません。
基本的には勝手にそうなっているだけだと思ってください。
もう付いているか確認するのもやめました。おそらく電波か何かの問題だと思います。

こんな感じで、時々、心がザワついて予感が浮かぶ時があるのです。
「これ、何か変な感じする…」「ホントにそうなのかな…?」って感覚がザワザワと湧いてきて、実際当たったりする時があります。
もちろん、取り越し苦労の時もたくさんあるんですけどね。
たぶんそのザワつきは、無意識の内に考えていたことや、かつての経験などが統合された結果、感覚として表面化したものなんだと思います。
そういうのを「勘」と言うのでしょう。


また、つい最近、こういうこともありました。

その時、私は少し困っていました。
ある有名な企業が開発、販売を手がけているIT機器の製品を購入してみたのですが、その機械の調子がなんだか良くなかったのです。困った困った。
「う〜ん、故障かな?」と思って、とりあえず、その企業の公式サイトを覗いてみました。
サイトの中の、故障に関するページを読んでみると、電話相談が推奨されていました。
なので私はサポートセンターに問い合わせてみることにしました。
そして電話越しに、不具合の症状がどういう時に、どういう風に起きるのかを説明しました。
すると相手側から「一旦、初期化してみてください」と言う答えが返ってきました。
「それで直らなかった場合は、またお電話ください。今回のお問い合わせについての内容は記録してあります。ですから受付番号をお教えしておきますので、再びお電話される際はその受付番号をおっしゃって頂ければ、記録からスムーズに対応することができます。」ということを伝えられました。なるほど。そういう仕組みになっているのね。

そして電話を切ったあと、私は言う通りにして機械を初期化しました。
ところが、残念ながらその不具合は直りませんでした。

だから、また別の日にそのサポートセンターに電話をかけ直してみました。
そしたら別の人が電話に出ました。

まず、ここで何故かザワっと変な感覚が湧いてきました。
「何か、めんどうなことになる気がする…」という得体の知れない直感です。
この時点では、それが何なのかは分かりません。何かが私の中でザワついたのです。

嫌な予感はするものの、話を進めるために、前回、電話をしたこと、そして機械を初期化したことをコールセンターの方に簡単に伝えました。
そしてスムーズに対応してもらうために受付番号を言おうとしたら、相手から「すいませんが、また最初から詳細に、どういった経緯でそういった不具合が起きたのか教えてください」という返事が返ってきました。
またイチから説明するのはめんどうなので、「受付番号から記録を参照して詳細を確認して頂けませんでしょうか」と頼んでみたのですか、
結局、「また1つ1つ検証していきたいので申し訳ないのですが、ご説明お願いします」と言うので、
私は仕方なく、どういう状況でその不具合が起きるのかを再び1から詳しく説明しました。
う〜む、受付番号とは、一体何の意味があったのか…。
説明を終えると、コールセンターの人が「不具合が起きていることを実際に確認したいので、その不具合を再現してみてください」と言ってきました。
まあ、それはしょうがない。不具合を実際に見て確認しないことには対応のしようもないですしね。
最近のIT機器は機能が発達していて、他人の画面で表示されているものを、通信で飛ばして、自分の画面で覗くということができるのです。
その機能を使って、電話越しのコールセンターの人に不具合を再現して見せてあげました。

すると「あ〜確かに、うまく動作していませんね。ですが本体の故障かどうかは判断しかねますので、直営店の方に行って頂いて、またそこで実際に不具合を再現したものをスタッフに見せて、その上で商品の修理・交換等の対応をしてもらってください。」
と言われました。
う〜ん…結局、店行かないと駄目なら今のやり取りは要らなかったのでは?
今の時間はなんだったの?
というか、また店でイチから説明しないといけないの?
と、色々と疑問はあったのですが、とりあえず納得することにしました。
でないと話が進まないからです。

「直営店に行けば対応をしてもらえるのですね?その際に予約は要らないのですか?」
嫌な予感がぬぐいきれないどころか、膨らんでいくばかりなので、再三、コールセンターの方に確認しました。
「ええ、大丈夫です。予約は要りません。店内にいるスタッフに声をかけていただければスムーズに対応してくれます」
ホント?ホントに?あなたがそう思ってるだけじゃなくて?
ここまで来ると、嫌な予感は、もはや感覚というより、はっきりと言語化されてきます。

「はたして、お店行ったらホントに対応してもらえるのだろうか?」

…ザワザワとくる胸騒ぎ。
いや、普通に考えたら対応してもらえないハズがないじゃないですか。
コールセンターの人に言われる通りにして、遠路はるばる実店舗に行って「故障かどうか見てください」と頼んで「いや、受け付けられません」なんて門前払いを食らうハズがない。

そんなハズはない…のだが、なんだかザワつく。

結局、別の日に、コールセンターの人に言われた通り、直営店の方に向かうことにしました。
そのお店は電車に乗っていくような所で、ちょっと遠いのです。交通費は私持ち。まあ、しょうがないか。

最寄りの駅に付くと、私はお店に一直線に向かいました。

その直営店は立派でオシャレなデザインの建物で、中はたくさんの人であふれていました。
入店した私は、さっそく従業員さんに話しかけました。
「かくかくしかじかで〜」
不具合のことから、コールセンターでお店に相談すれば対応してもらえると言われたことまで、再び1から説明しました。
すると、その従業員さんから衝撃の言葉が出てきました。

「予約はされていますか?」

「…えっ?」

「予約はされていますか?」

「してないよー!!だってコールセンターの人、予約しないで行って大丈夫って言ってたもんよー!そんなもん知らないやーい!」
…とダダをこねてみようかと思ったのですが、
一応大人なので「いえ、予約はしていません。」と冷静を装って返事をしました。
…コールセンターの人よ、もしかしたら本当は予約が必要だったのではないか?ドキドキ

すると従業員さんに「とりあえずここは担当の階ではないので、上の階に行って、そこで聞いてみてください。」と言われました。
スムーズに話が進むどころか、たらい回しにされているだけのような気しかしなかったのですが、私は大人しくエレベーターに乗って上の階に向かいました。

エレベーターを降り、その階にいた別の従業員さんに私は話しかけました。
「かくかくしかじかで〜」
不具合がどうたら、コールセンターにどうたらと、また同じような話をしました。
あと何回説明すれば良いんだこれ…と心の中では正直思っていました(笑)
私が説明を終えると、従業員の人は私にこう言いました。

「予約はしていますか?」

「え?」

「予約はしていますか?」

「…予約?そんなもん私には必要ない!!」
…と、ちょっと荒ぶった感じで返事をしてみようかななんて思ったのですが、
考えてみたら私、全然そういうタイプじゃないので「いえ、していません。」と普通に返事を返しました。
すると従業員さんから、その日一番の衝撃の言葉が返ってきました。

「予約していないと、お受けすることができません。すみませんが、予約してまた後日ご来店ください。」

うわあああ!私の嫌な予感がピッタリ当った!
何かそんな感じになる気がしたんだよ!
行っても対応してもらえないんじゃないかって!

…いや、しかしこのままでは帰れない。
私に落ち度はない。
コールセンターでは予約しなくて良いのかと再三、確認もしたし、半日潰して、重い荷物を持って、交通費も自分で出して、指示通りにお店にやってきた。
それで到着したら「予約してないなら帰ってね」って言われても、それは納得できません!

それに、このまま予感の通りになってしまうのが嫌だ!
私は未来を変えるのだ!

ということで、その従業員さんに「私に落ち度は全くない」ということを説明し、何とか見てはもらえないかと説得したところ、「それでは少し上司と相談してきます」と言われ、結果としては見てもらえることとなりました。
うん、ダメ元でも言ってみるものだなぁ。

そして目の前で不具合を再現して見せ、「これはどういった対応となるのでしょうか?初期不良として返品・交換してもらうことは可能ですか?」と尋ねた所、
その従業員さんから「それでは今から対応に関しての予約を取って頂く形となりますので、これから5時間ほど、お待ち頂くことになります。その時にまた担当の者がお答えします」と言われました。
え?な、何言ってんだか全然分かんないです…。
…こ、これから予約しないと駄目なの?それで5時間待つの?
っていうか、今の時間なんだったの?(笑)
別に今、対応してチャチャっと終わらしちゃえば良いじゃない?

と、色々と考えはしたのですが、
まあ、他の人との予約の兼ね合いもあるのだろうから、私はそこに無理言ってねじ込んだワケで、待つのも仕方ないかなと思い、とりあえず5時間待つことにしました。
ジッと待っているのもヒマなので、街をブラつきながら時間を潰しました。

そして5時間後、再び来店しました。
もう完全に夜になっていて寒かったです。

お店に入り「先程、予約をした者です」というと、さっきとは別の従業員さんの所に案内されました。
そしてその人に「それでは、どういった不具合が起きたかを1から説明してください。」と言われました。

うん、もう慣れた。どうせ、また最初から説明することになると思ってたぜ!

そして、何で私は最初にザワついた感覚を覚えたのかも、なんとなく分かりました。
それは、ある種の大企業病のようなものに対しての胸騒ぎだったのだと思います。

組織は大きくなり過ぎると、業務の分業化が進み過ぎて、それぞれが目の前のことしか対応しなくなったり、他の部署との連携が取れなくなったり、また、対応がマニュアル化され過ぎて、応用が効かなかったりと、色々と問題が出てくると言われています。
図体がでかいと、機動力を失うんですね。

例えば近所の電気屋さんとかだったら、初期不良の電化製品とか持っていっても、店員さんが「はい、分かりました。すいませんねー、交換しますねー」って対応してくれて、サインして一発で終わったりするじゃないですか。超簡単。(近所の電気屋さんもだいたい大企業のものなんですけどね)

でも、今回行った会社は、めちゃくちゃ面倒くさかった!
スタッフの間で情報が何も共有されていないから、指示通り店に行っても帰されそうになるわ、対応する人が変わる度に同じ説明をしないといけないわで、まあ大変だったわけです。
部署間はもちろん、従業員同士の連携もうまく取れてない。対応がマニュアル化されていて個人の裁量範囲も狭い。
…これだと、お客さんの方がワケ分かんなくて困っちゃう。
現に、お店では従業員さんに対して怒りをぶつけているお客さんもいました。

最後に私の対応をしてくれた従業員さんが愛想の良い方だったので、その会社の内情を色々と聞いてみちゃいました。
いわく、コールセンターはテレワークで自宅で業務を行っていたりするので、現場のことを何も知らなかったりすると。
だから今回のように「予約しなくても大丈夫」というような齟齬が生まれてしまったのではないだろうかという話。
また、現場で得られた機械の不具合などの報告は、データを管理、分析する部署に送られているのだが、それに対しての現場へのフィードバックは何もない。だから現場での対応も、できることが限られている。といったようなこぼれ話なども色々と聞くことができました。

それを聞いて私は「あ〜、やっぱりなぁ。この会社、いろんな所で連携取れてなくてゴタついてんだな」と納得しました。
最初に予感した「何かめんどうな事になる気が…」っていう直感は合っていたみたいです。
そんな勘が当ったても、嬉しくも何ともないのですが…。

ちなみに、私の機械の不具合の方に関しては、
結局、色々と複雑で、その場では何も解決せず、一日ただ、まるまる潰れただけという悲惨な結末を迎えたのでした。
未来は変わらなかった!ぎゃー!!

木のテーブルを買ったよ。

テーブルを買いました。

 

一応、部屋には以前から1つ机が置いてあったのですが、

その机はちょっと堅っ苦しい造りをしていまして、

テーブル部分がガラス張りで、足が金属で出来ている少しお堅い机なんです。

そして書類や本が並んでいて、なんだか雰囲気が重苦しい。

作業をするには良いのだけれど、一息つくにはあまり向いているとは言えません。

 「うーん、お茶を飲んでホッと一息つけるスペースが部屋の中に欲しいなぁ」

そう思った私は、家具屋さんに行って新しくテーブルを買ってきました。

買ったのは木で出来たシンプルな四角い小さなテーブル。

ちゃぶ台くらいの高さで、飾りっけは全くなし。

でもそれが良い。なんだか落ち着く。

 

私はその机を見た時に決めました。

真面目なことをする時は堅い方の机、リラックスしたい時に使うのは、この木のテーブル!

やることによって使い分けよう。うん、なんか楽しいかも。

「別にどの机使っても変わらないだろ!」と誰かに言われてしまいそうだけど、気にしません。

だって楽しいんだもの。それ以上の理由っていりません。

 

新しい木のテーブルを迎え入れるにあたって、部屋の様々な物の配置を変えることにしました。

「寝っ転がる所はこっちに移動して、真面目なことをするスペースはこっち。のんびり楽しいことをするスペースはこっちにしよう。」

なんて感じで、自分の部屋での新しい生活の仕方を想像しながら、物を整理したり動かしたりすることが楽しかったです。

言ってしまえば、机が部屋に1つ増えるだけなんですけど、

それだけで「新しい生活が始まるぞ~!」とワクワクできる私は、めちゃくちゃ幸せな人間なんだろうと思います。

新しいテーブルの上でこれから何をしていこうかな。

とりあえず暖かいお茶を淹れて飲むことは決定。

 

おしまい